東京高等裁判所 昭和39年(ネ)855号 判決
被控訴人が控訴会社の塩尻出張所主任訴外黒沢勝との間で被控訴人主張の内容の契約を締結しその主張の日美すず官行造林を金八百五十六万八千円で入札購入したことは原判決の認定するところであるので茲に右理由中その説示(原判決七枚表九行目から八枚裏六行目まで)を引用する。(中略)
ところで被控訴人は訴外黒沢が控訴会社を代理して右認定の契約を締結する権限があつたと主張するも本件に現われた全証拠を以てしてもそのような事実は認められないから右主張は採用するを得ない。
更に被控訴人は右契約の成立につき表見代理の適用がある旨主張するのでこの点について判断する。訴外黒沢勝はその担当地区内で価格金二十万円までの鉄道用枕木を購入し得る権限のあつたことは当事者間に争がない。而して一般に会社等組織機構の下にあつては各担当部門につきその業務活動の範囲(職務権限)が規定せられていることは公知の事実である。控訴会社においてもその組織便覧(成立に争のない乙第五号証の一、二)にそのことを裏付け出張所長の権限が前示認定の範囲を出ないものであることを明記してあり、従つて単なる枕木と異り、複雑な考慮を要する巨額の山林の取引をなすものは控訴会社の担当職員の権限についてもその範囲につき相当の注意をなすを要するものであるところ、これを本件の場合についてみるに(1)右認定したとおりの一般的原則に加うるに(2)訴外黒沢が控訴会社の出張所長として十数年間その担当区の業務に従事しておつたことは原審における証人黒沢の供述で認められ、その間同訴外人が抗木(枕木)以外に控訴会社を代理して山林(立木)の買入をなした事跡を認むべき証左は少しもないこと(3)被控訴人は木材業者であることは当事者間に争なく従つて山林を買入れるに際し枕木の場合とは異なり購入者において控訴人主張の如き種々の配慮を要するものであることは当然熟知していたものというべく、以上の諸点を綜合するとき被控訴人は訴外黒沢が被控訴会社を代理して枕木を買入れる権限を有していたことの一事に安んじて上記取引上必要とされる通常人のなすべき注意をなした事跡の認むべきものなく漫然巨額の山林(立木)を購入し得る権限をも有しているものと信じたとしても、そのように信ずるに過失があつたとみるべきである。よつて被控訴人主張の表見代理の適用の余地はない。
結局被控訴人と訴外黒沢との間に締結せられた前示契約は控訴会社に効力を生じないから被控訴人が控訴人に対し、右契約の成立を前提とする本訴請求はその余の判断をなすまでもなく失当で棄却すべく右請求を認容した原判決は不当であるから民事訴訟法第三百八十六条により取消を免れない。
(毛利野 加藤 安国)